KANさんが亡くなった。
ずっと楽しみにしていた、金沢へ向かう列車のなかだった。子どもの頃からの親友が教えてくれた。
「KANちゃんの音楽と、小学生の頃の自分とシホちゃん。思い出がセットになっているんだ」
そう彼女はメッセージをくれた。
あぁそうか、KANさんが世に知られるきっかけになったあの曲がヒットしたのは、私たちが小学生の頃だったか。
鍵盤を弾けるように鳴らしながら歌っていたKANさん。
その姿に憧れて、町に唯一といえるショッピングセンター内にあった楽器店で、当時KANさんのピアノスコアを予約して買った。
KANさんの音楽を生で聴いたのは1度だけ。米子の小さな音楽ホールだ
観客が開園を待ちわびるその間際、KANさんはステージに現れて、ピアノの音色と自分の声色を確かめていた。
燕尾服。背筋がピンと伸びて。
ハッピーでポップなテイストの「よければ一緒に」で、涙が止まらなかったことを今でもよく覚えている。
金沢から帰り数日たち、いつものように晩酌をしながらYouTubeでKANさんを検索していたら「プロポーズ」が流れ始めた。
鳥のさえずりがピアノの音色の間から顔をのぞかせる、やさしい楽曲。
懐かしい。ずっとずっと、ずっと忘れていた。なつかしい。
「愛は勝つ」を久しぶりに歌っても、「永遠」をピアノで弾いても思い出さなかったのに、あぁ…確かに覚えている。
レンタルショップでCDを借りて、カセットテープを買って。曲名を書き入れるインデックスシートを楽器店で選んだんだ。薄いブルーの台紙には、上からこすって転写させるアルファベットシートが付いていた。
カセットテープの背表紙にあたる部分に、1文字1文字、まっすぐ、等間隔に転写させるのはなかなか至難のわざなのだけれど。というか、アルファベットか仮名、カタカナしかないから、漢字タイトルがきちゃうとそこでもう、アウトなのだけれど。
グランドピアノと漫画がいっぱいの本棚が置かれたあの部屋で過ごした青春時代が「これがフラッシュバックか」と納得せざるを得ない勢いでよみがえった。
2023年の今は、玄関を出て、歩いて、棚からCDを見つけ出さなくても、よくわからない何かが好きな音楽を奏でてくれる。
こうしてsurfaceでぽちぽちと文章を打ち込んでいたら、YouTubeからは「世界でいちばん好きな人」が流れ始めた。
“日本がずっと平和なまま 続いていくとは限らない
だから今 このふつうな日々を 大切に生きる”